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行動が人生を生む


 ―自分は何をやればいいのか、分からないんです。
 という声をよく耳にする。後輩の口から、テレビの中の10代から、新聞の紙面の片隅から・・。「あなたがやるべき何か(what you should do)」なんてものは、ない。これまでもずっと考えてきて思うけど、人生そのものには「意義」はくっついて生まれてこない。これは、ぼくの持論。

 ―海外の貧しい人に教育や医療を提供する人や、日本の中で町おこしに燃えている人。そんな人をみると、「なんで、私にはわくわくできるものがないんだろう」と思ってしまうんです。
 う〜ん、なんというか。例えば、国境なき医師団で働いているスタッフが医療器具をもって働いているのは、もっとイメージしやすいように言葉を変えて、イチローとかがバッターボックスに立つのは、「理由があって」たっているんではないとおもうんだな。ぼくの周りには、自分探しをとーの前に終えて、人生をまい進している人が多い。かれらに、「なんで、きみって○○やってるの?」ときいても、返ってくる答えは同じだ。―えっ?身体が勝手にその方向に向かうから?楽しいからだけど・・。理由ってさ、ないんだね。
小さい時に(今でもだけど)、よく「若いうちはいろんなことを経験しなさい」っていわれたことがある。これは、見識を広めなさい、っていう意図もあるだろうけど、それ以上に、「夢中になることに出会いなさい」という意図のほうが強いんじゃないだろうか。バットを振るのが好きな人は、バットをふることに意味を見出さない。バットを振ることによって、上腕二頭筋が他のスポーツより鍛えられる、とか、1時間続ければカロリーが2時間ランニングするより多く消費される、とか、振ってる姿を女の子に見せることによって「○○くん、かっこいいー」とおもわれるに違いない、なんてことは考えない。だろう。人生の一コマ一コマもそうで、充実している人は、色々考えた末に、計算しつくして「充実」しているわけではない。するべくして、する。気付いてみたら、やっていた。もし、計算の上で、充実さをかもし出している人は、きっと、家に帰ったらげっそり肩を落としているにちがいない。あー、疲れたって、ってなかんじで。

 ―夢中になることをやって、食っていけるのか。それは、才能がある人だけの特権だ。
 こういわれると、何もいう気がうせてしまう。はっきりいってしまうと、「夢中になることをやって、食っていけるのか」は思考停止だ。考え方をかえたほうがいい。夢中なことをやって、かつ食っていくにはどうしたらいいだろう―これなら、思考と行動に風穴をあけることができる。閉塞感をもたなくてすむ。もちろん、好きなことをやって、認められて、食っていける保障はどこにもない。テレビに映る芸能人の影には何万という数の「芸能人候補」の影があるし、有名なスポーツ選手もしかり、成功したビジネスマンもまたしかり。
 しかし、行動しないと、絶対に実現しない。「為さねば成らぬ、何事も(※1)」というやつだ。バッターボックスに立たないと、ホームランは打てない。もちろん、バッターボックスにたっても球が飛んでくるとは限らない。試合は本人の知らないところで、無期延期になっているのかもしれない。いつか、ストレート球が飛んでくるにちがいない―そうおもいながら、素振り練習を続けられるかどうか、ここでその人の真価が発揮されるのだろう。いまでこそ、大リーグで活躍しているイチローは、小さい時から、練習量が非常に多いことで有名だった。本当に、バッターボックスに立っても球がこないことだってある。春秋時代の秦の宰相、百里奚は90歳近くで、やっと宰相になる夢をかなえた(=ホームランを打った)。それまで、かれは奴隷の身分までおちたりするほど、踏んだり蹴ったりの人生だった。

 バッターボックスに立つ必要は、実はない。人生には夢に挑戦する以外にもたくさんの価値観が存在する。プールで泳いでもいいし、テニスをみんなでやってもいい。読書でも、観劇でも、それもまた人生なわけだ。ホームランは、いくら考えていても打てない。とにかく、バッターボックスに立つことと、日ごろから、素振りの練習を欠かさないことだ。つまり、行動をする、ということ。言うは易し、行なうは難し。ぼくのこのブログも「行動」の一つだし、毎週通っているプールも、バリ舞踊の練習も、平日のお仕事も、すべて「行動」の一つだ。


 人生でやるべきことがおのずからやってくる法則があるとすれば、こんな感じかもしれない。

 ―第一の法則は行動に落とすこと。
 ―第二の法則はそれを忘れずに続けること


※1 江戸時代の米沢藩主、上杉鷹山の格言。
   「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の、為さぬなりけり(※2)」。
※2 ぼくのプロフィールにのせている荀子の一節もまったく同じ意味。
   訳)どんなに道が近くても、「行く」という行動をおこさないと、けっしてたどり着くことはできない。
     どんなに事が小さくても、実行しなければ、達成することはできない。
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