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風に立つライオン
7月頃に読んだので、感想が頭からほとんど抜け落ちてますが。
フィクションとはいえ、モデルがあるわけで。そのことを考えると、国内外で一生懸命働いていらっしゃる方すべてに深く頭を垂れたくなります。背筋が伸びる作品。
 南スーダンの内戦か始まってから、ロキチョキオに外国の団体が一気に進出してきて町が膨らみ始めたかと思うと、貨幣価値の全く違う異国人が“魔法の手形”をばらまき始めた。
 そればかりか現地の事情も顧みず、言われるままにお金を振り撒くような慈善団体が増えたこともあって、一部の遊牧民達は。たかり”を覚えたのだ。残念ながら彼らにはそれを恥ずかしいことだというモラルはなく、悲しいことに、誰にでも、すぐに物をねだるような人々が増えた。遊牧民たちはそれまで家畜と共に動き、生活することを“労働”という概念で考えたことはなかった。ましてや“労働”だげが実生活と切り離され、それが“金銭”という“対価”の対象になるとは考えもしなかったはずなのだ。しかもその“労働”には精一杯なのか、いい加減なのかという哲学など重要でなく、決められた時間そこにいて、言われたことだけをやっていれば一日は過ぎてゆく、ということに気づく。“歩合制”でもなく“生産性”も加味されなければそうなる。
 人間ならば誰でも持っている校さだろう。
 その“魔法の手形”が彼らを少しずつ堕落に追い込み始めた。
 自分の家畜が盗まれるという揉め事はこの辺りでは昔から頻発していたが、気候変動に加え政情不安や武器を持った山賊の出現によって遊牧民達の心の尊厳は剥ぎ取られ、更に“国家”の持つ“国境”という概念の出現が遊牧民の自由を奪い始め、いつの間にか“金銭”という架空のオアシスだげが、今度は彼らの欲望の対象となってゆくという図式だ。
 これは彼らにとっても私達にとっても不幸の種でしかない。
 これらは共通の価値観、たとえば宗教観や人生観、あるいは善悪というものが一致していないから起きてしまう不幸なのかもしれない。そのどれか一つでも一致していさえすれば、これほど不幸なすれ違いは起きにくいものなのである。
 人の善意は必ず他人を幸福にするとは限らない。
 愛とか、善意と呼ぶものの難しさについて、私はそれをあの病院で一番学んだ気がしている。私達の病院は南スーダンの内戦ばかりではなく、そんな“価値観の戦場”にも、ほど近い場所にあったのだった。(P108-109)
 



故郷に「何もない」と感じるのは自分の心の中に何もないからなのだ、ということに気づかないのは、いつの時代も若さの一面かもしれません。(p218)



 他の町の人々は常に。可哀想な被災者″という視点でものを言います。
 被災者か被災者らしくないことを言ったりしたりすると、なぜかがっかりする傾向があります。それは施す者が施される者を見下す視線のような気がします。
 そして施す者は施される者に常に感謝の言葉だけを求めるのです。それが行われず、逆に批判を浴びたりしたら、凄いことになります。それはユングの言う「アニマ崩壊」や「アニムス崩壊」で混乱する人間の心の働きに似ています。優越者は、自分の思ったとおりに相手が行動してくれない場合、思ったとおりに発言したり行動したりするように。誘導”さえするのです。罠″さえ仕掛げます。さもなければ。無視″です。
 そこに真実の愛はありません。
 殊に日本のマスコミの一部には顕著にそういう傾向か見られます。
 そういう人達には「ありがとう」「助かります」「感謝しています」「このご恩は忘れません」という言葉だけが必要なのです。
 真実の叫びは封印され、感謝の言葉だけが優越者に流布されます。
 そしてまたあるときには、純粋な善意の言葉の中に“悪意のない刃”が潜んでいることにも気づきます。
 年老いた母を失い、妻を失い、子どもと孫を失い、家も財産の全ても失って、たった一人になってしまい、ようやく死なずに生きて狭い仮設住宅に入った初老の男性を襲う、全く悪意など介在しない、純粋に善意で発せられる「がんばってください」がそうです。
 一体彼はこれ以上、何をがんばればよいのでしょうか。
 何気なく頭上から投げ落とされる善意の一言にこそ、悲しい刃が潜むことに僕は気づかされました。
 言葉は……とても難しい。(p294-295)
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