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「人脈」と「つながり」のちがい

つながりは放置しても、勝手に育っていることがある  写真:雨のち時々いつか晴れさん


動けるようになってきた昨今。時々、初対面の方に

「ハルさんは人脈がありますね」

と、声をかけられることがあります。
そう言う人には折を見て、

「さっきの方も、人脈ではなくて、つながりですよ」

と答えています。


人脈とつながりと。ぼくの中では明確にちがいます。
結論からいうと、今のぼくには「人脈」はないけど、「つながり」ならある。

では、この二つの言葉には、どのようなちがいがあるのでしょう。
  
人脈、それは損得勘定

耐ビジネス用の人間関係。
お互いに損得勘定を前提に付き合う。向こうが何か出せば、こちらも出す。向こうが取れば、こちらも取る。
どちらかが付き合いたい条件から外れると、関係性は自然消滅します。その後、再び利用価値を見出した相手へは「やだー、ご無沙汰ですー、元気ー?」と何食わぬ顔で近づくのがプロトコル。


つながり、それは掛け値無しの絆

所謂ところのSocial capital。お互いの信頼を前提に付き合う。
向こうが出そうが取ろうが、気にしない。こちらは出したいから出すし、あげたいからあげる。相手も同じ。見返りnothing。お互いのステータスが変化しても、付き合いはつづく。ただ、この関係性になるには、お互いのATフィールド解除が欠かせない(これが一般的にはハードルが高い)。


社会人一年目の時に、物は試しに行ってみた名刺交換会。たまらず途中で退席しました。
みんな、相手のことなんて眼中にない。名刺交換した人をどれだけ利用できるか、そのことに必死。ギラギラした目。剥き出しの損得勘定に、胸焼けがしました。

彼、彼女らはしきりに

「人脈が大事だよ!」
「人脈、築いてる?」

と口にしていました。

彼らのドグマによると、人脈とは、自分の理想像に近づくための必須アイテムだそうです。人脈がないと、栄光の楽園は約束されないそうです。
でも、人脈loverの活動を観察してみると、深い人間関係を思わせるエピソードがあまりに見当たらないことに気がつきます。本当に困った時に手を差し出してくれる人がいるのか、少し不安になります。

そのかわりと言ってはなんですが、人脈loverは自分の価値ロンダリングには余念がありません。
やたらと、著名人との写真をアップして、赤の他人の威を借りる(彼らは一度でも名刺交換したら、マイ人脈にカウントされるらしい)。見ていて切なくなります。

一言で言うと、ペラい、のです。


ぼくも病気になる直前は、狂ったように人脈作りに励んでいました。自分のやりたいことを熱っぽく語って、「ぼくと付き合うとメリットがあるよ」と一生懸命、説得したのです。が、そうして出来上がった立派な人脈は、病気という想定外のアクシデントに見舞われて、すっかり綺麗になくなりました。

損得勘定が前提で付き合っていた人は、今のぼくに利用価値を見出すのは難しいかもしれません。客観的に見たら、ぼくは自力で玄関すら出られない中年の在宅零細フリーランス(or日雇派遣労働者)ですから。

それ以来、「人脈」という言葉にはアレルギーがありまして、冒頭の会話になるわけです。



ところで。

今、ぼくは「つながり」の畑に鍬を入れています。具体的にはご無沙汰していた人たちのもとに挨拶に行くのです。
つながりだから、7年という長いブランクがあっても、掘り起こせば、あちこちでつながっていることを確認できます。掘り起こしてみると、自分の知らないところで、新たなつながりも生まれてたりします。

つながりの鍬入れは楽しいですよ。



こんだけ言っといて、「やれ、人脈が」とか、「こんな有名人とマブダチー」とかのたまっていたら、頬っぺた、引っ叩いてやってください。


以上、お粗末でした。
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