<< September 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

Design the World_6
次々と面白いことができるようになる
どんどん広がるし
まわりが助けてくれますね
笈川幸司(Koji oikawa)

Q:どんなことをしていらっしゃいますか?

日本語学習について大学で講演をしたり、ここ1年は日本語の特訓班を北京、大連、西安でやってます。学生たちを励ます、勇気づける仕事ですね。2007年、2008年は北京を中心に活動してました(※1)
特訓班はもともと2006年に無料講座としてはじめました。コンテストで活躍するような優秀な学生をあつめて、即興スピーチや討論を学ぶんです(※2)。特訓班をはじめた当時は、それでお金をかせぐとはおもってませんでしたね。とにかく楽しかった、学生の成長をみるのが。先週と今週で学生の状況が全然ちがうんです。

サバンナの草花が雨期のあとにぐっとすごいスピードでのびるように、北京の春は1日1日で変化します。そんな北京の春のように、学生が一週間でむちゃくちゃ上達するんですね。急に伸びるんです。ほんとうに、おもしろいくらい!
そんなことを続けていたら、2009年に大連理工大学の出版社からお声がけいただきました。――連載をやってください。これが、「劇的にかわる秘訣シリーズ講座」のはじまりです。全国で7都市、この一年半でまわってます。

※1
北京だけで私立をあわせるて23校、日本語を学ぶ場があります
※2
最初の3人に佃さんの前職シンカの郭ちゃんもいたんですよ。世間ってせまいですね(笑)
特訓班をやるまえになにをしていたか。

クラスの中にいる
 
いわゆる「おちこぼれ」の学生を立ち直させる
 
ということをやっていました



成績の悪い学生と一緒に、朝6時におきて走ったりする。そうやって伴走した学生が、授業になんとかついていけるようになったり、がんばって留学や日本語コンテストに優勝できるようになる――これがぼくのウリだったんですね。

だけども、2007年にやり方をガラッとかえたんです。いろんな大学の各学年のエリートを集めるようになりました。


Q:きっかけを教えてください

2007年6月に北京大学をやめたんです。
当時は、どんな日本語コンテストでもやる前から、周りに「どうせまた北京大学が優勝するんでしょう?」と騒がれる状態。なので、どの大学にいってもぼくは嫌われてましたね。「いやな学生とその先生がきた」となって、ぼくが会場に入るとシーンとなる。あれは、いやでした。
そんなもんだから、笈川先生はこのまま北京大学でずっと働くもんだとみんなおもっていたんですけれど、2年契約がおわって新しい先生がくるという話を聞いた。で、新学期になった。担当していた選択科目の会話授業に2名しか学生がいない。もしだれかに文句をいわれても、結局6月にやめるわけです。

そこで、一週間に一回の授業に、仲のよい大学生をあちこちから集めて、10数人のクラスをつくりました。するとですね。その学生たちがどのコンテストにいっても優勝するわけですよ。――じゃあ、ぼくも!――わたしも!といってみんなが優勝する。
そうやって週一の授業をやる一方で、北京の各大学に無料で講演させてください、と声をかけました(※3)。そうこうしているうちに9月になって、清華大学にうつった。そうしたら、北京大学で教えていた学生たちが清華大学に集まってくれたんですね(※4)

※3
講演を頼みこむと、「そんなの聞いたことない」と断るんですね。ビックリしましたよ。最初は公立21校中6校だけ。翌年は評判のおかげで全校で講演しました
※4
「いろんな大学に講演にいく先生」というイメージができてましたから、清華大学に所属しているけれど、大学から「他大学にいかないでください」といわれませんでしたね。同様に、他大学の学生に教えるのも普通なら「なんで所属のちがうウチの学生を教えるんだ」となりますが、――ああそういう先生だもんな、という反応でした




特訓班のきっかけは企業からの要望からでした。「ウチに入社する学生の日本語特訓をしてくれ」。第一期生の3人と一緒に寮のぼくの部屋ではじめました。ほとんど毎日でしたね。カーネギーやナポレオン・ヒルのような成功術、交渉術や心理学、話し方――以前からよんで蓄積した知識をまじえて教えたんです(※5)

すると、それまで日本語の全国コンテストに名前もあがらなかった北京出身大学の学生が順位を総なめすることに。大学院生討論大会では、「質問があるひと?」ときくと、全員スチャッとひっきりなしに手をあげる。他の地方からきた大学の学生たちがびびるくらいに(笑)。

その成果を聞きつけて、大連の学生から声がかかりました。「大連の学生の自信がなくなったので、きてください」。大連に早速いきました。どの学生もまじめで素質も非常にたかかったですから、わたしも教師熱に火がついてスピーチの「やりかた」をみっちり教えましたね。

※5
ちなみに2000年ぐらいまでは売れない元芸人(※6)でしたから、中国にきてからもしばらくお笑いを見れませんでした。2005年のM1グランプリのブラマヨから、やっと見られるようになりました(笑)。その影響でしょうが、授業で落語やコントをみせることもあります。特訓班の発表は、お笑い時代の「ネタ見せ」からきてます。大勢の前でやるだけで、上手になるんですね
※6
毎月、毎週になったものもありますが、いろんなコンテストをやってます。たとえば「アフレココンテスト」。音をけして、ドラマ・アニメ・CMをなりきってやるんです



Q:特訓班や講演をやってみてどうでしたか?

講演には自信がある。漫才のネタとおなじで、あきさせないように笑い処をつくればいいからです。なんてったって、むかしはプロでしたから(笑)。ただね、講演をきいている学生や先生方から批判されるんです。

「そんなにすぐに上手になるはずがないだろう」
「じつは苦労しないとできないんじゃないか」

いまの学生は努力や苦労をしらないですから、繰り返しやることの価値、苦労がおもしろいということを知らない。だから講演をしても、話にビックリしたり笑ったりするけれど、感動はしませんね。

感動は努力や苦労の先にあります
 
特訓班は努力と苦労をしますから
 
みんな感動して泣くんです



「わたしには自信がある!」と、講座の最後に受講生が30回宣言するんですけれど、聞いているとむちゃくちゃ感動するんですね。聞くたびに、――ああ、お金のために教えているんじゃないんだなあと、しみじみおもいます。

特訓班は学生が上手くなるのがおもしろくて、好奇心ではじめた。すると、教え子がどんどん有名になっていく。がんばりを認めてあげたくて、日本大使館に相談して「日本大使館公使賞」を用意してもらって・・・。次から次へとおもしろいことができるようになる(※7)。どんどん広がるし、まわりが助けてくれますね。

※ 7
kkryuという名前で教え子が声優をしてます。それから、清華大学アニメ協会にいてHPをつくってくれた于さん。于さんのイベントがおもしろくて、早乙女乱馬役の山口勝平さんや名探偵コナンの江藤役の成田剣さん、スラムダンクの流川楓役の緑川光さんがきてくださいました。最近はこんなイベントのお手伝いをやってますね。コミケにいって、じぶんが書いた同人誌をうってるんです。おもしろいでしょ?



Q:やりたいことを実行されているなかで、どんなものが見えてきましたか

北京大学のいたときにアフレココンテストをやりました。評判が良くて、たまたまとあるNPO会長から「もう一回やってほしい」と声があって、翌年の回に古谷徹さんと池上彰さんがいらっしゃって。池上さんとはいまでもやりとりがありますが、これは想定外でしたね。

中国国際放送局の部長さんと相談して4年越しで実現したアナウンスコンテスト。中国語、英語、日本語のいずれかを使いながら学生が自主制作した映画を発表するSONY杯。それから、CASIO電子辞書発表会――ひとつでなく、たくさんコンテストをやりました(※8)

スピーチコンテストだけだとつまらないんです


聞いていると「それほんと?」というような綺麗事を学生がならべてしまいますから。好きなのは朗読大会。作家が命をかけてつくった作品を心をこめて朗読する、好きですね。ほんとうに、実践の機会をそうとうつくりましたね。

※8
やることなすこと成功ばっかりしているようにみえるかもしれませんが、失敗もたくさんしてます。SONY杯は高篠さんがきてくださったのに、400人ホールに30人くらいしか集められませんでした。ほかには大学の授業評価で「0点」を学生から下されたこともあります。クビにされませんでしたが…。平均90点くらいの評価点でですよ。



Q:次の目標を教えてください

短期的な目標は中国全土の大都市を講演でまわること。
特訓班を毎回90人→1000人規模でやること。規模をおおきくすることで、5年以内に年収を2000万円まであげたいからです。

それから、大学を出たくらいの22才前後の若い女性と結婚すること。
こんなばかばかしいことを言うと、誤解されてしまうかもしれませんが、決して自分の欲のためにそう考えるわけではなくて(笑)。いずれも「日本語教師をすればこんなにもてるのか、成功するのか」というイメージをつくりたい。いまのところ、日本語教師の仕事に夢をもって先生つづける若い日本人男性は皆無ですから、そこを変えていきたい。そして中国で日本語教師をめざす日本人の後輩に夢をもってもらいたいんです。

ぼくはパイオニアになろう
 
野茂英雄になろう、という気持ちですよね



ぼくが有名になれば、じぶんよりも優れたひとがどんどんでてきて、ぼくを追い抜いていくにちがいない。ぼくはそのなかで、だれもやったことがないことを実践する。だれかがやったことをまねしようとはおもわない。ぼく独りでできなければ、まわりを巻き込む。じぶんは巻き込まれるのは苦手なんですが(笑)、巻き込むのはノリノリになるんですね。企業も大学も学生も。そうやって、学生が日本語学習に専念できる場をつくって、これからも励ましつづけるんだとぼくはおもいますね。




笈川幸司
1970年4月20日生まれ(ヒトラーと同じ誕生日が唯一の悩み)。生まれも育ちも埼玉県所沢市。おのずと西武ライオンズファン。2001年7月に北京で日本語を教えはじめ、現在10年目。
ときどき、「学生と一緒にいる時間は、ほかの教師の1000倍だ。10年教えているから、1万倍だ」と豪語している。が、その話を聞くときは1日を24時間と計算してはいけない。

清華大学で日本語を教えながら、北京日本学研究センターの大学院生として発音研究。また、清華大学で週3回授業をする他に地方にでて講演をおこなうことが多く、そのほとんどが3日で6講演、うち2日は移動日というハードスケジュールをこなしている。昨秋、日本語教材『笈川日本語教科書』をだして以来、笈川教科書シリーズとして、今秋は朗読教材、スピーチ教材を相次いでだす予定。その内容は、学生たちを励ますものばかり。これは、以前売れない漫才師だったころに挫折感を味わい、できない人間の気持ちがわかるからだ。また、衆議院議員秘書をした経験から、イベント開催に積極的な面があり、これまで北京市内で20種類以上の日本語コンテストを開催した。毎年夏休みに中国各地で開催している特訓班は、学生たちが日本語学習をあきらめる直前の「最後のとりで」としての存在意義がある。




Design the World_5
じぶんの生きかたそのものが、
つねに仮説⇔検証なのかもしれないね
鶴 直人
http://8ru.jugem.jp/?eid=247


Design the World_4
勝手にレールがひかれてってる感じがするんです。
ぼくはそれをただ受けとっていく
関 太郎
http://8ru.jugem.jp/?eid=229


Design the World_3
○か×かじゃなくて、なにをじぶんはやりたいのか
――その想いをもちつづけることだよ
恵良 隆二
http://8ru.jugem.jp/?eid=209


Design the World_2
目のまえのものに真摯にとりくむことが、
着実に「常識」をかえていくんだと思う
湯川 伸矢
http://8ru.jugem.jp/?eid=199


Design the World_1
"I"を"We"にするための場づくり。
これがつぎの目標かな
嘉村 賢州
http://8ru.jugem.jp/?eid=179












JUGEMテーマ:アジア
スポンサーサイト
COMMENT









Trackback URL
http://8ru.jugem.jp/trackback/251
TRACKBACK