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21世紀の国富論
評価:
原 丈人
平凡社
¥ 1,470
(2007-06-21)
コメント:一時期話題になったROE。ROEをあげるのはいいことなの?悪いことなの?というのがよくわかる。ビジネススクールで教えてることを鵜呑みにありがたがるのは危険だということを教えてくれた。問題の本質は、不正をおこなう人ではなく、不正をおこしてしまう構造そのものにある。原さんの考えに納得。

いくまの家から借りた本。
半年ぐらい前だったか、原さんの近辺の人らしいところから「公益資本主義」をきいたときには、おもわずウッとしてしまった。なんじゃそれ、そんなん今にはじまったことでなくて、ソニーもパナソニックも「公益」をかかげて商売してきてるがな――そんなふうにおもっていたけど、この本を読んで「公益資本主義」にたいする考え方がすこしかわったかな。まだ、「公益資本主義」という理念と、現実世界の一般人の理解との間に相当な溝がある気がして、まだまだ、「公益資本主義」という言葉は賢いひとたちのお茶菓子でしかないように感じる。理念と現実とのへだたりに、どういう理解の階段かけるのか、かけようとしているのか。原さんの考えが気になるところだ。
 よい製品をつくることよりも、時価総額を上げることに気をつかわなければならないような株価価値の考え方には、すでに中長期の視点に立つ多くの経営者が違和感を抱いています。製造業がすべきことは、優れた製品をつくることであって、見せかけの財務指標をよくすることなどはありません。当たり前のことですが、財務は経営の主役ではないのです。実際のところ、そのようなゲームに踊らされた現在のアメリカは、かつてのように新しい基幹産業を生み出すだけの力を失ってしまったのです。(29-30p)


 現在のベンチャーキャピタルは、長期間にわたってリスクが存在する場合に資金を出すことができなくなってしまいました。起業家が新技術の特許を示し、事業計画を語っても、「製品が完成したら来てください」と断り、製品を完成させてから行くと、今度は「売れはじめたら来てください」と逃げるといった状況です。(40p)


 もちろん、適切なIRは必要ですし、経営者は株価を気にする必要がないともいいません。しかし、株価によって評価される企業価値だけに目が行くと、表面的な議論にとらわれがちになります。これらの数字はあくまでも尺度であって、目的ではないのです。企業は、消費者に受け入れられる製品やサービスを提供し、従業員を幸福にし、地域社会に還元するという基本的な理念をもう一度確認し、株価など表面的な企業価値に踊らされない経営を目指すべきです。(45p)


 一九八〇年代にフォードで欠陥車を改善する費用のどちらが安いか天秤にかけたといいます。もちろん、この二つは比べられるものではなく、どちらもすぐに手を打つのが当然でしょう。エコノメトリックス(計量経済学)しか頭にない彼らには、こんな根本的なことがわからないのでしょうか。企業の利益を最大化しようとして、逆に企業をつぶしてしまいかねないのです。
 ビジネススクールで学んだMBA取得者の多くは今、株価という名の「企業価値」を最大化することばかり考えています。そのために経費を削ろうとして、メーカーであれば研究開発費を削り、中央経営所も処分すべきだと彼らは主張します。しかし、モノをつくるメーカーが研究所をもたないで、どうするのでしょうか?資本の回転率を上げる道具であるはずのROEそのものを目的にしてしまうと、このようなことが起きるのです。(49-50p)


ROE経営は「すでにあるもの」の効率化を図ることはできても、「今はないが、将来つくるもの」の価値を最大化することはできません。反対に、そういうものを積極的に切り捨てたほうが、ROEは上がる。ROE至上主義では、今後の産業転換に適応していくことができないのは明らかです。(52p)


 指摘しておかなければならないのは、時価会計、減損会計は、あくまでも投資家であるファンドの立場に立った会計処理であるということです。それは決して、リスクをとって新産業を創造する意欲をもつ事業家の視点からつくった会計基準ではありません。短期的な利益を求める巨大ファンドが支配するアメリカやイギリスはともかく、日本やアジアがこれから地球の未来をつくっていこうとするなら、不適切なものといえるでしょう。(57p)


企業をむしばむCEOゴロ

 たとえばアメリカでは、業績の悪化した企業が外部から新しいCEOを招聘することがよく行われます。
 その際によく見られるパターンが、必要以上のリストラです。新CEOは、就任するや過去の累積を一掃する。そして過去の損失だけでなく、将来できるかもしれない負債までも引き当てる形で特別損失を計上するのです。たとえば翌年リストラを行う予定の企業が、その際にかかる費用まで引き当てて、大きな損を出すといった手法が用いられます。
 このようなことを行えば、当然、株価は大きく下落しますが、そこがCEOの狙うところです。底値を見極めたところでCEOをはじめとする経営陣を対象にストックオプションを付与する。なかには、再度の下落にあたって、ストックオプションの発行価格を下げるリプライシングという手法を用いることで、さらに自身の利益拡大を図る経営者も一時多く見られました。
 その後、経緯を削減すれば二〜三年後には自然に利益が上がるでしょう。リストラによって会社の「見かけ上の再建」を行い、さらにIRを駆使して株価が上がった段階でオプションを行使するのです。CEOは濡れ手にアワの利益を獲得しますが、彼らが何かを生み出したかといえば、ゼロなのです。
 アメリカにはこうした「CEOゴロ」が多い。これが現在のアメリカで行われているコーポレート・ガバナンスの実態であり、カリスマのごとく崇められるCEOの姿です。そして、それこそがエンロン、ワールドコムといった事件を生む温床となっているばかりか、社会的に有用な企業すらも崩壊に導いてしまう可能性をもった仕組みなのです。(60-61p)


 現代のベンチャー企業は、ビジョンが資本と出会ったときに生まれます。つまり、新しい技術やアイディアをもった創業経営者と、これを理解して資金を出すベンチャーキャピタリストという二者によってつくられるのです。次世代の技術開発は、アイディアが財務の軸とつながってはじえて可能になります。それはいわば、車の両輪であり、どちらが欠けてもいけないものです。(144p)


日本の中小企業に未来はあるか?

 十分な内部留保のない日本の中小企業は、銀行のような間接金融に頼らざるをえない状況にあります。しかし、銀行はますます企業の信用を細かく格付けして、ROEの高い会社、資本勘定の厚い会社に対しては金利を安くし、そうでない会社からは高くなるという傾向を強めています。その意味で、今のまま間接金融に頼っている以上、中小企業に未来はないといえるでしょう。従業員に支払う給料と材料の購入だけで汲々とするばかりです。
 まして銀行からの借り入れで新規事業をやるのは、第1章でも指摘したように無理な話です。新規事業や新規の研究開発は本来、ハイリスクなものだからです。リスクがあるということは、そのお金はなくなる可能性も高い。銀行からの借り入れは「絶対に返さなければならないお金」ですから、会社がつぶれることになってしまいます。リスクを好まないお金をリスクのある新規の研究開発などに使ってしまうのは、資金の性質を間違えていることになります。残念ながら、日本でも多くの中小企業がこれを勘違いしたことで、おかしくなってしまいました。
 では、どうすべきなのか?
 中小企業が何か新しいことをやるとするなら、新しい事業形態をつくるべきです。たとえば分社化して、そこに資本を集め、リスクをとって新しい商品をつくっていく。それができない中小企業は、いわば資産のもち腐れであり、発展の余地がないことが、現在の金融システムのなかではますます明白になってきました。
 自分たちの企業がもっている資産は何なのか?まずそのことを見極める必要があります。それはたとえば技術であり、人でしょう。
 企業がその優れた部分だけを取りだし、子会社をつくることを「カーブアウト(切り出し)」といいます。事業計画と親会社がもっているノウハウ、そして優れた人材を集め、そこに外部から資本を呼び込むのです。これによって新しい商品をつくった販売が増えれば、たとえば販売額の二割をロイヤリティという形で親会社が受け取る。このようなロイヤリティ・ビジネスを生かしていくことで本体にも資産を蓄えることができ、本体でも何らかの新規事業をやっていくことができるかもしれません。
 こういう新しい事業形態に誰がお金を出すかといえば、それは現在のところベンチャーキャピタルが資本を提供するのは、既存の中小企業が今のまま存続するためではありません。あくまでも新しい事業形態による新しい技術やビジネスを育成するためなのです。(168p)


 今、世界的に必要とされているのは、大きなテクノロジーリスクの存在する初期段階にある技術に対して積極的な投資を行い、これを成功に導いていく力です。リスクキャピタルは、かつてのベンチャーキャピタルが担っていた役割を果たすものですが、まだヨーロッパやアメリカには存在していない独自の考え方をベースにしています。(171p)


 一方、研究開発資金を受け入れたベンチャー企業は、行使価格が非常に低い新株予約権を発行することになります。この方法なら投資としてのリターンも期待でき、時価会計の影響は受けないために、現行の会計制度のもとでも実施が可能です。(173p)

 
援助ではなく、事業として位置づけることで持続性を高める

 大切なのは、「通常行われている方法が根本的な問題解決になっているのか」という考え方だと思います。安易な解決法を踏襲しないで、自分の頭で一度根本にもどって考えることです。途上国への支援についても、従来型の「援助」「募金」がうまくいかないのは私利私欲に走る関係者が悪いと考えがちですが、彼らを責めても問題の解決にはなりません。
 これは会社で仕事を頑張らない従業員に口を酸っぱくして説教するよりも、頑張った人がやりがいを感じられる仕組みを作ったほうがよいのと似ているかもしれません。関係者それぞれの目的と全体の理想が調和できるフレームをつくって根本的に解決する――それがバングラデシュのプロジェクトで私が目指した解決法です。経済的に自立した事業として成立させることができれば、支援をするほうとされるほうが共通の目標をもつことができ、負担を負うだけの立場にある当事者はいなくなるのです。(196p)


 株式会社もNPO(非営利団体)も、英語でいえば同じコーポレーション(法人)です。何が違うかといえば、儲けたお金を全額、この組織がつくられた目的のために再投資することです。つまり、会社の株主にあたるものが存在せず、配当のような形で利益を還元することがないのです。もちろん、株価の値上がりによってえられるキャピタルゲインもありません。NPOにおける「非営利」とは、あくまでも株主という立場に立った利益の不在を示すものであり、営利事業を行わず収益がない、という意味ではありません。(202p)


 どうして同じ時間やお金を、「発展途上国」のバングラデシュではなく、欧米の「先進国」で使わないのか。そのほうが何千倍も儲かるのではないか?そう思われる方もいるかもしれません。実際、私たちベンチャーキャピタルの株主のなかにも、そのような疑問をぶつけた人がいます。
 たしかにそれは、「会社は株主のもの」と信じる立場から見れば、正しい疑問といえるでしょう。しかし会社の存在価値は、まず事業を通じて社会に貢献することが第一で、その結果として株主にも利益をもたらすというのが本来の姿です。企業価値の向上は結果であって、目的にはなりえないのです。(203-204p)


 マクロ経済でも同じです。国の発展はGDPで測ることが一般的ですが、それは今、他に方法がないというだけの話にすぎません。人間が幸せになるための手段でしかないのです。しかし、お金やGDPは目的化され、その思考が個人にまで波及する。モノがほしい、人に見せたい、だからまたお金を使う、の繰り返し。人類は、幸せになるための手段を目的化することで、精神的にはどんどん飢えていってしまっているのです。
 いっときの数字をよくするためだけのリストラが実行される。ホワイトナイトやポイズンビルといった、ビジネススクールでおしえるもっともくだらないことがもてはやされる。営利とは異なる目的をもる大学や中高等学校、さらには病院といったものまでを株式会社化しようなどという、完全に誤った発想が生まれてくる・・・・・・。このような目的と手段の転倒こそ、現在の資本主義がもつ最大の欠点だと思います。
 (中略)最初に行った投資から学んだことは、私にとって本当に大きなものだったと思います。以後、私が行う投資はすべて、「こんな社会にしたい」という理想と結びついたものであり、そうしたビジョンと矛盾する企業には、いっさい投資をしていません。(206-207p)


JUGEMテーマ:ビジネス書
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