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ユートピアはどこにもない
というパラドックス
ちょうど一年ほど前にmixiにアップした記事。すごく自分にとって根っこになる気付きだなとおもったので、あらためてブログでも紹介。以下、転用。

(追記20150521:一部、文章と写真を加筆・修正しました)


現状に不満あるでしょ?

先日はじめてヘッドハンターと会った。場所は赤坂にある会社近くのホテルラウンジ。 ある日突然、自分あてに名前しか名乗らない人から電話があって「いわゆるヘッドハンティングだから、まぁ会おう」みたいなお誘いだった。
実際に会って紹介案件を聞くと自分の仕事選びの判断基準にぜんぜんひっかからなかったので、期待に添えない旨丁重にお伝えして別れた。
別れ際、ヘッドハンターはしきりに「現状に不満あるでしょ?」「年収挙げたいよね?」を繰り返していた。そんな必死にまくしたてる彼女を見てふと思い出した。
 
 
日本はあかんわ

高校生のとき、食堂の一角で110円のうどんをすすっていると、隣で同じようにうどんをすすっていた友達が箸を器にのせてつぶやいた。

「はる、日本はあかんわ。経済大国っていうけど考え方は古いしさあ。技術も最先端じゃないやんか。退屈で、はっきりいって面白くないわ」
「オレ、いつかアメリカに行って自分を試したいんよなあ」

なるほど、たしかにそうだ。日本は遅れている。自然は破壊するし、文化的モラルも低い。アメリカは差別にも前向きで経済・技術も最先端をいってるってそういえば習ったような聞いたような。アメリカに行けばもっと自分らしく生きることができるんだろうか。そうか。うんうん、そうだよな。やっぱりアメリカだよな、とそのときは疑いもせず友達の会話にうなずきを返した。


学生をつかまえたバークレー校のサザー門 出典元:バークレー校Wiki

Too fast, everything in America

19歳でアメリカのサンフランシスコに行った。自分と同年代の学生が何を考えているのか気になったので、サンフランシスコから電車をのりついで郊外のバークレー校まで足をのばした。で、校門で学生をつかまえて日々何を考えて何を目指しているのかを徒然と聞いた。彼は肩をすくめていった。

「アメリカはだめだよ。何もかもスピードが速すぎてとても気疲れする。なんというか、人間らしい生活、自然を感じる瞬間がこの国にはないんだ」
「ぼくはもっと自分が生きているって実感がほしいんだ。だから、大自然と向き合うような、エアコンも冷蔵庫もないような、そんなところに行きたいよ」

なるほどね。そう感じていたんだ。そのときはやはり何も考えず、うんうんそうなんだ、君も大変だなと相づちをうった。


観光葡萄園@トルファンでの昼食

大自然、でも娯楽はダンスだけよ

21歳でパキスタンにほど近い新疆ウイグル自治区のホータンに行った。周りは360度砂漠の海、はるか崑崙山脈からカレーズで水を引いてきて、一本一本タマリスクの木を植えていく。そうやって緑(=人が住める空間)を創りだす。バークレーのあの学生が言っていた「大自然と相対する人の営み」を感じることができる、まさにその最前線だ。
やはりここでも街にあった大学の校門で学生をつかまえて、日々何を考えて何を目指しているのかを徒然と聞いてみた。彼女はいった。

「ここは本当にだめ。何もないもの。砂漠と砂漠を防ぐための樹を植えて畑を広げていくだけ。娯楽と呼べるのはダンスパーティーくらいだし」
「こんなところより発展した都会で、最先端のファッションがあって、たとえば北京とかに行って暮らしたいわ」

オアシスを広げることの大変さ、民族の差別、将来への不安など話はつぎつぎと移っていき、気がついたらもう日も暮れて窓の外はすっかり暗くなっていた。


万里の長城の西端「玉門関」からゴビ砂漠を望む


日本のサブカル、ぼく好きなんだ

彼女と別れた足で今度はカザフスタンのアルマティに向かい、そこからさらにイスタンブールに行こうと旅行会社を訪ねた。残念ながら、西に行く便はどれもチケットが完売で、たまたま席が空いていた北京行の飛行機に乗ることにした。

北京でも同年代の学生と話す機会に恵まれた。友人がぼくと同じ英文学専攻の院生の相部屋にベッドをひとつ用意してくれたのだ。
その日から3日間、同年代の中国人学生3人と日中関係を含めつつ(この年はちょうど抗日戦争60周年?の年だった)、日々何を考え何を目指しているのかを徒然と聞いた。彼らはいった。

「北京はだめ。言論の自由はないし、人はゴミゴミしていて、毎日がとても忙しい」
「たとえば音楽や映画、ファッションやアニメとか、のびのびとした表現の幅が広い日本の文化が大好きなんだ。いつか中国から出て日本のような国で暮らしたい」

日本から遠く離れた大陸の地で同世代の人間と夜中まで喧々諤々と話をし、疲れれた頭を枕にのせながら、すこしのぼせたぼくの頭の中にふと一つの考えが降りてきた。

世界中どこにいても「ここにないもの」「ここでないところ」をみんな求めているんだ。
現状に不満で、現状の中にいて変化を感じられない自分に不満で、日々をすごしている人がこんなにも多いんだ。
高校の食堂から始まった旅を振り返ってみると・・・・・・あれ?一人一人が求める場所にいくと最終的には元いた場所に戻ってくる。

みんなユートピアを求めているじゃないか!



ユートピアを求めない人

会ってきた人、話してきた人をもう一度、思い返してみると、ユートピアを求めていない人たちがいることに気がついた。
かれらはきまってとても素敵な目をしていた。もちろん仕事に疲れていたり、思うに任せない現状に苦しんではいるものの、けっして現状にたいする不満を口にするそぶりさえ見せなかった。いや、見せなかったのではなく見せる「不満」すら持ち合わせなかった――こういった方が正確だろう。

ユートピアを求めない人。

彼らに共通することは現状をしっかりと把握しながら、その中で最大限楽しむ方法を模索していたことだ。「では、どうできるか」がだいたい口ぐせ。

マートルデ。

かれは砂漠の真ん中にある街の大学教授で大きなひげを蓄えたおじさんだ。自分の民族の自立をどうすれば達成できるかを真剣に考えながら、コミュニティー作りや教育に心血を注いでいた。
彼との会話は終始「じゃあどうすれば現状をよりよくできるか」だった。
これまでの実績とそこから得られたアイデア・課題について日本からきた若者がどう感じるか、ものすごく真剣に聞いて、話してくれた。
ちょうど彼と出会った時期は学費の集金時期でマートルデは少し疲れていたけど、合間合間に時間をつくっては民族の村々に、ご飯に、衣装にと、興味津々のぼくをあっちこっちに連れて行ってくれた。「どうだ、素敵だろ?」案内するあちこちでマートルデは得意げだった。

早川さん

彼女はタイでエイズ患者の最後の受け入れ先、ホスピスを切り盛りしているおばさんだ。
地域社会にも家族に捨てられて身よりのない人たちに寝るところと労働と語る場を提供することに人生をかけて取り組んでいた。彼女は毎週誰かを看取り、少ない運転資金ですべてをやりくりするから朝から晩まで働き通し。精神的にも肉体的のも経済的にも絶対に大変のはずなのに彼女はいつも笑っていた。

「楽しいかどうかなんてわからないけど、だけどいまやっていることは最善だと思うし、まぁ、よく生きてるほうだと思うわ」

いま楽しい?ふと疑問に感じたことを口にしたらさらっと返事を返された。

彼らには求めるユートピアがないんだろうか。

ユートピアの語源は not everywhere、つまり「どこにも」「ない」。だから『理想郷』となる。
マートルデや早川さんにとってユートピアはないというより、not not everywhere―「どこにも」「ない」ものは「ない」。かれらはいま、本当のユートピアにいるのだろう。



世の中に離職者・転職者は山といる

リクルート ワークス研究所
http://www.works-i.com/pdf/koyou_2008.pdf

昨今の不景気もあいまって、約500万人近くの人が転職マーケットに溢れている。結婚、独立、その他多くの要因はあるようだが、最近転職のきっかけとして「現状になにかしらの不満を持っている」が増えているようだ。

現状に不満を抱えて転職活動をする人のユートピアってなんなんだろう。自分を常に肯定してくれる上司がいること。自分が無理なく裁量できる「ほどよい」変化がある職場・・・なんなんだろうか。 そんなことばかり求めていると、僕が旅で出会った人と同じように「ここにはない」ものを求めつづける無限のループにはまってしまうんじゃないだろうか。

ユートピアはどこにもない、ということは「自分が求めるもの・姿は、いまここにある」という大いなるパラドックスにつながるとぼくは思う。

時間があれば、案件を紹介してくれたヘッドハンターにこの話をぶつけてみたかった。うん、次はぶつけてみよう。むこうは迷惑だろうけど。

はてさて、あなたはいま、自分がユートピアにいると思いますか?そう聞かれたら真っ先にこう答えよう。

――もちろん、ぼくはいまユートピアのど真ん中で生きています。
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