<< July 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
みんな
どんなふうに働いて生きてゆくの?

speaker:西村佳哲氏(働き方研究家)


date & place:2010.12.11
 URBAN RESEARCH DOORS南船場店2階にて

ある日@tamachanggから「いったほうがいいよー」とメールをもらって参加したイベント。
講演の中にでてくるエピソード、帰宅途中にある友人のデザイン事務所にあそびにいってたという件を聞いて、ぼくが社会人2・3年の仕事帰りに代々木八幡にあったサステナさんの事務所に通っていたのを思い出した。東京の夜景が見えるあの部屋で@tamachangg@shinichiNが仕事をしているのを見たり、一緒に飯を食ったり、議論をした蓄積がいまのぼくの土台になっているんだなあとふと通ってきた過去の軌跡を思い返したです。

--以下、講演--
移動中の新幹線で「みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?」を読みながらこれから何を話すか考えました。毎年、奈良で「自分の仕事を考える3日間」というフォーラムがある。その第2回のインタビューからこの本は生まれました。
ぼくやゲストが滔々と話をするんだけど長く話をするので、最後の質疑応答の時間がどうしても短くなる。なので会場で2、3人でグループを組んでもらって、講演の途中途中で意見交換をしてもらうようにしていて。同じ話を聞いていても人によって聞いているポイントがちがう。ある関心をもって会場に来ている参加者そのものを共有することのおもしろさ。会場の雰囲気もよくなる。ぼくも楽ですね(笑)。なんでこの場所に来ているのか、参加者の事情を垣間見ることができるからです。なので、今回もその形式をとりましょう。無理強いはしませんが――。
続きを読む >>
観月の会@平等院
宇治の平等院で寒月の会がひらかれた。平本さんにお誘いいただいて二つ返事で参加表明をして、今日に臨んだ。当初心配されていたお天気も予報をうらぎり「晴れ」で、紅葉も鳳凰堂も月もすべてがすばらしく、感激しっぱなしの午後でした。



鳳凰堂のライトアップ。こんかいの会にあつまった13人のためだけに。水面に線対称にうつった鳳凰堂がとても荘厳でした。
続きを読む >>
折口信夫・池田弥三郎記念講演会『日本原風景と文化』

折口信夫・池田弥三郎記念講演会『日本原風景と文化』

speaker:アレックス・カー(東洋文化研究者) × 川村晃生(慶應義塾大学教授)


date & place:2009.11.7
慶應義塾大学(三田)北舘ホールにて




--講演「日本の原風景と文化」--
今日は伝統的な原風景がどうだったか、という話はあえてさけたいと思います。それより、日本の現代文化がどうかわってきたか、という話をしたい。
続きを読む >>
新文化の誕生→ バリ舞踊×能舞台
JUGEMテーマ:バリ舞踊

昨晩は、阿佐ヶ谷神明宮(※1)秋の大祭に足を運んだ。改修工事を終えて、新しくなった能楽堂でバリ舞踊の演目があったからだ。
能舞台でバリ舞踊―まったく違和感がない気がするのはボクだけだろうか。特に上の演目のアガム(※)のときは、まるで金剛流の「道成寺」(※)を見ているようで、思わずゾッとした。神明宮の神主さんは非常に開明的な方で、神明宮で阿佐ヶ谷バリ舞踊祭の奉納舞踊を認めたときにこういったそうだ。
―今は「バリ舞踊」として受け取られるかもしれないけれど、ずっと続けていれば、10年後、50年後にはいつかは日本の踊りになっている。わたしはそのお手伝いをしたいんですよ。

すごい。神主さんがおっしゃったことが、既に実現している。
現に、バリ舞踊とはまったく無縁だったボクが「カッコいい!」と思って、踊りを習っているわけで、「バリの文化を知ろう」とも国際交流の一環とも思わずに、純粋な憧れで練習をしているし、こうやって観にやってくる。
立ち見をしていたお客さんも、バリ舞踊祭の常連さんが多いみたいで、「あー、この時期にもやってるんだぁ」という台詞が聞かれた。いつしか、バリ舞踊としてではなく、ただのカッコいい踊りとして、この土地に根付くとよいのだけど・・。

あー、来年こそは、バリスデビューしたいなぁ。

※1 
毎年、阿佐ヶ谷バリ舞踊祭の舞台となる神社。

※2 
構えのポーズ。男踊りの場合、両肩をぐっとあげる(バラモスみたいに・・)歌舞伎でいう見栄にあたる。このアガムを見たときに、とっさに東大寺南大門の金剛力士像をイメージした。「あ〜、日本のルーツってやっぱり南方にもあるんだなぁ」と思ったね。

※3
能の流派。荒々しい踊り方をする。
演目「道成寺」はあまりにも格好よすぎて、見ていると、魂を鷲掴みに持っていかれそうになる。

手を入れるだけの価値があったから、結果的に残った
JUGEMテーマ:建築

法隆寺の改修に携わった宮大工の台詞だという。
法隆寺は創建から、何度となくひとの手を入れながら、形をかえずに現代まで姿を留めてきた。これは歴史的に重要な建造物だから、なんとしても「保存」しよう。そんな後ろ向きでない、前向きな想い。建造物としての魅力が法隆寺にはある。その魅力にあらがえないから、鎚に鋸に手を伸ばす。

―手を入れるだけの価値があったから、結果的に残った

とても、興味がかきたてられる言葉だ。

話の発端は、昨日はたいじくん登った大文字山でであった、フランスから来た留学生の台詞。「フランスの建築は造ったら、もう手を加えられない。その時代でおわり。日本の伝統建築は、伝統なのに、常に新しい。自分の手が新たに加えられる。そこに興味があって、日本の建築を勉強しに来たんだよ」

■下鴨神社の一画


ほぼ毎回登る大文字山から見える夕日は、とってもとっても素敵だった。

ぼくらは「日本」に
魅力を感じていないのかもしれない

島根県は出雲大社前にあるいかにも「箱物行政」といわれてもしょうがないくらい大きな図書館の中のインターネットブースで「残り時間15分18秒」と記載された刻々とかわるストップウォッチを机の左側に、キーボードをかたかたうっている。

今日出雲大社に初めて参拝したわけだけど正直に言ってしまうとがっかりした。 なんというか、大社内も大社のまわりもコンクリートとプラスチックとでコーティングされていて、京都の古い仏閣や鎌倉のお屋敷をめぐったときに感じるような「歴史」というか「文化」の息吹をかんじなかったからだ。
神有月(10月)にいった友人は、確かに大社周辺には異様な雰囲気というか「さすが、出雲大社」というオーラが流れていたそうだが、全国から神様が結集してこないこの時期は観光客もまばらで閑散としたものだった。



本当はぼくらは「日本」に魅力をかんじていないんじゃないか。
今日一日を振り返ってそう思った。


出雲空港から大社までのバスの車窓から見えるもの。


・プレハブの外壁と屋根にのっかったソーラーパネル
・はるか地平線まで延々とくもの巣をはる電線
→景観に思いをはせることができない。外界への意識・興味が「無機質な人口壁」によって遮断されてしまう

・日本全国で目にすることの出来る企業広告・看板
→視覚障害でしかない。意識するとしないとにかかわらず、眼にはいってくることによって気疲れする。知らず知らずに脳が情報処理をおこなってしまう。

・コンテンツ不足と地元のニーズをくみとれていないことを象徴する美術館
→いったい、誰が何の目的で、ここに訪れて、何を会得できるのか、一回行っただけでは容易に理解させてくれない造りになっている。閑散とした喫茶スペースとお土産コーナー。おそらくは弥生時代をイメージしているのだろう、近代建築の趣向を凝らした当の美術館と不協和音をかなでさせる制服。島根県立古代出雲歴史博物館を作られた方々はぜひ、東京都立現代美術館やサンフランシスコのMOMAに足を運んでいただきたいなと思った。



本当に日本に魅力を感じていたら、ここまで景観を壊し、土地柄とまったく関係のないクロムとコンクリートの塊をわざわざ家の近くに作る事はないだろう。
宮崎アニメや時代劇をみて日本を懐かしみ、いいねと声はそろえるもののそのスタンスといえば美術館でほこりをかぶった「骨董品」をガラス越しにながめるのと大差がないんだろうな。

「日本」には魅力を感じることができないから、古く、はずかしいものだから徹底的に壊す。壊した後は魅力がないから、わざわざ高いお金と時間を費やしてまだおかされていない海外へと足を伸ばす。羽をのばす。そんなことをあと10年の続けていたらぼくらの子供の時代には「日本」が完全消滅してしまうのではないだろうか。ただ底に残るものはマンガやアニメを髣髴とさせる無機質な巨大建造物が天高くそびえるのみ。

国栄えて山河なし。